屏風岩 雲稜ルート

期間 2019年7月26〜28日
メンバー 小林 船戸
カテゴリ アルパイン無雪期
ルート 屏風岩 雲稜ルート

屏風岩 雲稜ルート働き方改革によって、大手を振って有給が取れるようになったため、平日に一日休みを取って屏風岩に行ってきました。

・7月26日(曇り時々小雨)早朝に小林さんと合流して、一路高山へ。平日だけあって高速は空いていたので予定よりも早くあかんだなに到着。予想したよりも多くの車が止まっておりいよいよもって夏シーズンなんだなぁ、と感じる。

準備を整えバスで上高地へ移動。移動中から小雨が振り出すも空はまだ明るいので、そのうち止んだが明日以降天気悪化の予報が出ており、先行きに若干の不安を覚える。しかしここまで来たら後は野となれ山となれ、の精神だ。今日は横尾までなので時間に余裕もあるし、まったりと出発する

途中、明神館で恒例のぶどう酒を小林さんにご馳走してもらう。ワインとはまた違う味わいで、一瞬ペットボトルに詰めて貰おうか真剣に悩むが、かばんの中にも色々と詰め込んであるので、ここは自制。さらに徳沢では恒例のソフトクリームを味わい、何をしに来たのか目的を忘れかける。横尾にも、思っていたよりも早く到着し、雨に備えて水はけの良さそうな場所にテントを張る(が、実際にはあまり水はけが良くなく、後に惨劇を招く事になる・・・)

テントを張ったら、腰を落ち着ける前に偵察に行く事にする。屏風岩に取り付くには渡渉が必要だが、そこで苦労したという記録を多く見ていた。時期や直前の降雨の有無にも寄るんだろうが、増水していて渡れないと困るので今回自分はウェーダーを持参。サンダルと組みあわせれば、怖いもの無し、という感じでどこからでも渡渉出来そうだったので一安心。小林さんは渡渉用の靴下を履いて川に入っていたがかなり冷たそうだ。

【快適な渡渉 ウェーダーはお勧めです】

翌日の登攀に必要な荷物を全て岩小屋にデポして、テントサイトに戻る。今日の夕食は小林さん特製の鳥味噌鍋だ。小屋の前にテントを張るとビールでも
チューハイでもすぐに調達出来てしまうので実に性質が悪い。ついつい飲みすぎてしまいそうだったが、翌日に向けてあまり下手は打てないので適当に
切り上げて打ち合わせ。台風が接近しているが、明日の午前中までなら何とかなりそうなので、行ける所まで行ってみようとの事でこの日は早めに就寝する。

・7月27日(晴れ後雨)
4時起きだったが、普段以上に良く寝れて爽快な寝起きだ。朝食のカレー飯を食べて5時前に横尾を出発する。

前日の内に偵察して、ケルンも作っておいたお陰で渡渉はスムーズに行けた。ただ、やはり水はかなり冷たかった。自分はウェーダー履いてたので良かったけど素足で渡るには、それなりに覚悟が必要かも・・・とにかく対岸に渡り、その場に渡渉用グッズを全てデポして枯れ沢をひたすらに詰めていく。40分くらい登るといよいよ屏風岩が目の前に見えてきて、自然と心が高ぶってくる。

小林さんに声を掛けて貰った計画当初は不安の方が大きかったが、当日まで自分なりにトレーニングに励んできた。直前に行った小川山でもそれなりの成果を出す事が出来ていたし、ここまで来たら四の五の言わずに登るしか無い。理由も理屈もそこには無い、ただ心がそれを求めている。「Because it's there.」なのだ

雪渓の端を歩いてT4取り付きへ。以下奇数ピッチが船戸リード、偶数が小林さんリードとなる。


T4 1P
朝一のクライミングは何時も緊張するし、T4基部は1P目2P目とも、結構悪いと聞いていたので余計に力が入ってしまう。序盤はピトンが打たれていて明瞭だが中間部が若干判り難い。私はクラック沿いに直登したが、下から左側に一度巻いて凹角沿いに登る方が正解だったのかもしれない。終了点は立派なものがある。
【1ピッチ目】

T4 2P
スラブというかフェース状の岩壁。特に難しい部分は無い・・・のだが夜の内に降った小雨で岩や草が濡れており、フリクションがまるで感じられない。
フォローのクセにかなりヒヤヒヤしながらの登攀だった。
【2P目 左上の方に向かっていく】

T4 3P・4P
登攀は実質2Pまで。後は尾根沿いに歩いて草つきを突破すれば、テラスに出ることが出来る。ここからが雲稜ルートの始まりだ

雲稜ルート 1P
写真などにも良く出てくる見栄えするピッチ。志願してリードを譲ってもらった上にまだ先は長いので、ここで手こずる訳にはいかない、と気合を入れ直す。
事前に記録などを見ていると、人によってはかなり苦労したとの記載もあったので、警戒していたがスタンス・ホールドとも落ち着けばきちんとある。2箇所のハングも上手く外側の壁を使えば余裕を持って突破出来ると思う。終了点は2段目のハングを越えてすぐの辺りで作成。もっと上で作った記録もあったが、ロープの流れを考えると今回の場所が一番正解のような気がする。

【1番目のハング手前ぐらい・・・だったと思う】

【上から見ると素晴らしい高度感】

雲稜ルート 2P
まずはピナクルテラスの裏側までの短いピッチをこなして、一度そこで切る。そこからが2P目の本番だ。このピッチはルートが良くわからないと、数々の記録に書かれていたが、なるほど確かに良く分からん・・・小林さんはとりあえず出だしトラバースから入ったが(このトラバースもかなり悪かった)、どうも外れルートに入り込んだみたいで、一時3〜4mくらいのランナウト状態に。ビレイする手にも、かなり力が入ったが何とか難所を越えて扇岩テラスに消えていって一安心。

フォローで自分も取り付いてみるが、そこらじゅうにリングボルトやピトンがあって何が正解ルートなのか分からず、とりあえず登りやすそうな場所を選んでいく。それでも2〜3箇所悪い部分があって、かなり緊張した。個人的には今回の登攀で一番悪いと感じたピッチでした。

雲稜ルート 3P
お待ちかね?のアブミピッチ。事前に駒形で練習を積んだので、そこまで緊張せずに対応出来た。ただ単純に長いのでテンポ良く行かないと時間喰ってしまいそうだ。ピンは思ったより全部綺麗だったし、リベットハンガーなんかも使わずに済んだし、総じて快適なピッチだった。
【綺麗に連打されたボルト】

 【ここまでは割りと天気も良かったんですが・・・】

雲稜ルート 4P
二人とも3P目終了点に着いたあたりで、恐れていた雨が降り出した・・・実質核心はこの4P目までと聞いていたので、どうにか登れないものかと思っていたら雨が弱まってきた。この機を逃してはならぬ、と急いでスタートする。ここも出だしはアブミを使ったあと、噂の怖いトラバースへと進む。アブミ部分は簡単だがトラバース部分は評判に違わぬ怖さ。ハイハイしながら地面を這いずり回る姿は外から見ると実に滑稽だろうが、こっちはそれどころでは無いのである。
2P目といい、どうも雲稜ルートは偶数ピッチにクセのあるルートが多い印象。
【下から見ると簡単そうに見える】

撤退行
4P目終了点についたところで、再度雨が降ってきた。天気予報でもこの先は悪化の一方のはずだ。この先は普段から濡れ濡れのスラブと聞いていたし最後(6P目)まで行ってる内に梓川が増水でもして、渡れなくなると不味い。時間も12時近くになっていたのでここで撤退を決意する。懸垂の連打で扇岩テラス。そこから少し歩いて大テラスの懸垂点へ。そのままT4基部に到着して、ロープを回収すれば終了だったのだが・・・
【扇岩テラスへの懸垂準備中】

【この後待っているものを、私たちはまだ知らない】

T4基部で、ロープを引くがまったく動かない。そんな馬鹿な・・・先に降りた小林さんが動かしてスタックしていない事は確認していたし、自分もキンクさせたり妙な事はしていない。手を変え品を変え、色んな角度から引っ張ってみるが絶望的なほどに動かないロープ。二人とも口には出さないが、「これは登り返すしか無いのでは」と心の中で思い始める。50m登り返しなんてやった事無かったが、空はどんどん暗くなっていくし、迷っている時間が勿体無い。小林さんはジャンケンしようと言って下さったがここは若手の自分が登るべきだろう。幸い駒形で登り返しの練習もしていて、感覚も掴んでいる。意を決してフリクションヒッチ2本で尺取虫の如く登り始める。

確か横尾山荘では、ハイネケンが売っていた。あとハーゲンダッツもあった気がする。無事帰還したらビールがぶ飲みしてアイスを食べよう。それだけを考えながら一心不乱に登り返す。
さっきちらっと下を見たら小林さんは俯いたまま微動だにしていなかったが、あれはきっと私の無事を祈ってくれているのだ。決して、絶対、断じて、うたた寝などではないのだ。
ちなみに、スタックした原因は今もって謎である。ラッペルリングを軽く触るとロープはするする動いて、溝などに挟まってる様子も無かった・・・一体何だったんだろう?

ようやくロープを回収したころには、雨は完全に本降りに。T4基部までもルートが屈曲しておりロープが良く引っかかる。水分を含んで重く、硬くなったロープを引きずりながら黙々と
懸垂を繰り返す。最後の最後で、一瞬ロープが動かなくなり肝を冷やすが必死に引っ張ったら何とか抜く事が出来た。あとは登ってきた枯れ沢を降り若干増水した梓川を渡渉し、何とか横尾のテント場に到着。いやはや長く、大変だが素敵な1日だった。

ちなみに27日はちょうど土曜の丑の日だった。当然、晩飯はうな丼。阪○百貨店で買ってきたうなぎは肉厚でジューシー。ビール飲んで酔っ払って寝るだけだと思っていたが、雨脚が強くなりまさかの床上浸水が発生。外に出て溝を掘ってみたが水量が多すぎて焼け石に水、幸い天井からは浸水してなかったので潔く諦めてもう一度飲みなおす。この日は明け方まで雨が降り続いたお陰で
ありとあらゆるものが水分を吸ってしまい、最終日に我々を苦しめる事となる。
【うなぎ】

・7月28日(晴れ)
夜半まで降り注いだ雨は、朝起きる頃には止んでいた。山荘泊まりの人たちが次々に奥穂や槍に向かっていくが我々は撤収するだけなので気楽なものである。
この日の朝は、小林さんが先日の遠征で買ってきてくれた利尻昆布ラーメン。どんな味がするのかと思っていたが、薄い塩味の中にかすかにこんぶの香りがする上品な味。麺もツルツルで食べやすく、○タイのヌタヌタ棒ラーメンに慣れきった自分には衝撃的だった。

【とろろ昆布付です】

朝食後水分を吸って来た時以上の重さになった荷物を背負い、喘ぎながら横尾を出発。目指すは徳澤園のプリンとチーズケーキだ。
プリンは去年食べて非常に美味かったので、今回も是非食べたいと思っていた。残念ながらチーズケーキはまだ販売していなかったので代わりにコーヒーフロートを注文。こちらもシナモンがアクセントになって非常に美味しい。是非皆さんにも食べていただきたい。
その後は平湯温泉で汗を流して無事帰阪と相成りました。
【山行報告なのに食べ物の写真ばかりですね】

 

感想:こうして2泊3日を振り返ってみると、なかなかのアドベンチャーだったな、と改めて思う。リーダーとして、引っ張ってくださった小林さんには感謝しかありません。改めてこの場を借りてお礼申し上げます。

しかし帰り道、上高地からあかんだなの駐車場に向かうバスの中で自分が考えていた事は「次はどこに行こう」だった。今回の山行を通して改めて自分は病気、しかも不治の病に冒されていると確信した。この病気の行き着く先がどこなのか、どんな結末を迎えるのか分からない。しかし、自分の心が求め続ける限りはこの非合理的で矛盾を孕んだ、苦しくも素晴らしい世界と向き合い続けたいと強く思っています。皆さんも是非一度チャレンジしてみて下さい。素晴らしいルートでした。 

文章:船戸